終活について

【体験談】初めての終活

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終活に思うこと

終活というと、皆さんはどういったイメージを抱かれるのが一般的なんでしょうか。
最近は自分が生きている間に、ごく自然に「死」について、ポジティブに受け入れる活動が普通に行われているようで、よくこの言葉を聞くようになりました。
おそらくはごく自然なことだと思うのですが、私がこの終活について、ある意味残された最期に向かう大切な時間について、どのように過ごしていくか?など、とても前向きに考え始めた当時のエピソードを記せたらと思い、記憶を遡ってみました。死ぬことへの準備ではなく、これからの大切な時間を過ごすためのひとつとして、読んでいただけたら幸いです。

 

 

 

家族の死

当時若かったころの自分は、ごく親しい友人や家族の死に直面する大きな出来ごとを2回経験したのですが、実のところまだそのころ20代でした、最初に義父を癌で亡くしました。入院していたのですが、お見舞いも月に一度行かれるかくらいで、見舞うと徐々に髪の毛が抗がん剤の副作用で抜けてしまい、義父は会うたび気丈に振舞うも、恥ずかしそうにしていたのを今でも覚えています。何回かお見舞いに行ったのちに、義姉からある日突然病院で亡くなったと知らされました。
20代半ばの私は、何をどうしていいのかもわからず、ただお別れを迎えるままでした。

 

 

 

お葬式までに

死によく面した直後に、親しければ親しいほど、むろん家族なのですから
すぐに火葬の準備やら、葬祭会社を決めるなど心身的にとても難しいと思います。ですが私の場合、義父の時は義姉がすべて準備をなさっていました。今思えばご本人を尊重なさったお葬式を挙げることがかなったのだろうと思っています。ですから私はただ悲しみにくれながらも時の経過とともに、はじめてお葬式という内容を記憶に刻むことになったのです。ただひとつ金銭面はまったくノータッチでしたから、その時は全く知る由もありませんでした。

二度目のお別れは、唯一の肉親であった母でした。持病から他を併発し、それが原因で入院を余儀なくしてからは、当時離れて暮らしていたのですが、病院からの連絡が最期。駆けつけた時にはすでに病院の安置所での対面だったのを覚えています。母の場合は住んでいた区役所の方々と、最期までの取り決めがあったようで、移送車にて身内である私と火葬場へ共に運ばれました。初めてのお葬式を迎えた時と似ていて、葬儀社は決まっていたし、何もかもやらなければいけないわけではなかったもので、そういった意味では少しは冷静に対処していたのかもしれません。

 

 

 

お墓探し

実の母親が亡くなり、ひとつだけ大変だったことがあります。
皆さんはお寺さんとお付き合いはございますか?
母は葬儀社に依頼をして火葬→祭壇してくださったのですが、(現在は家族葬という呼び名が一般的なのでしょうか。)その後は遺骨は自分が引き取ることにしました。
この後はわたしが自分で探さなければなりません、この時から母の親せきをあたり菩提寺探しでした。現在は菩提寺もわかり、ようやく落ち着きを取り戻したわけですが。
これが本当に大変だったのかもしれません。まったくいままで、菩提寺なんて存在すら知らなかったのですから。

 

 

 

三度目の正直

家族の死を経験してからというもの、少しづつではありますが、自分が何かしらで亡くなった時のことを考えるようになりました。そうなんです、私には子供はおりませんし、夫婦のみ。たとえ理想のお葬式やらがあっても、自身で考え準備しなければ、なんだか生きた心地がしませんでした。そうだ、自分なりのこれからについて、整理してみよう!と思いは忌めたのです。きっかけは家族の死を受け入れたときからですが、思えば少しづつ始まっていたのかもしれません。

 

 

 

終活の条件とは?

自分らしい最期を迎えるためには、では一体どのようなことが必要なんでしょうか。気持ちを整理してみると、おそらく次のようなことが考えられました。

・自分の情報

・自分自身の健康状態

・関係する家族や連絡先

・財産の有無

・もしもの医療や介護、葬儀についての希望、遺言などがあれば

ザッと書き出しましたが、明確にする目的は自分の死後や、残された家族にかかる負担を減らすことだと思うのです。とはいえ、決して皆が健康状態が良くないからと、始めることではありません。前置きに、自分がどうやって老後をよりよく過ごしたいかが、根底にあるからです。

 

 

終活の条件

自分の死後についてだなんて、とても書きだすのが面倒、なんだか腰が重いと思うのは当然だと思います。元気なうちに始められることは、意外にも抵抗なく準備ができるものなんです。本当に必要なのか?を考えると、自然にハードルも下がるはず。肩の力を抜いて深呼吸をして、ふっと自分が死んでしまい、残された人たちを思うと、あの時、大変だったことを思い出せば、やるべきことが見えてきます。自分は親族のお墓探しでしたが・・・・・
死後の手続きは本当にやるべきことが多いものです。ましてやすぐに、例えば葬儀依頼だの親しい方への連絡などを速やかに行わなけれななりません。そんなとき希望の葬儀方法、喪主へ頼みたいこと、宗教のことや慣習、戒名の希望、参列者のリストなど。キリがありませんが、こうして必要なことを明確にしておくことで、後々スムーズに残された方が困ることなく行われます。

 

 

 

お墓について

埋葬方法も現在はさまざまな方法があります。墓地があれば連絡先、なければ購入予定につて 墓地の使用権者、墓地の継承者、購入費用、お供え、手入れなど、意外と細かなことがございます。
生前にお墓を決めるのも、後悔しないために種類と選び方などもあります。
それらを踏まえて自身の老後について、終活について考えてみたいと思った方は、思い立ったその日から始めてみると良いでしょう。また両親や義理の両親を介護中という方には、これからの充実した時間を過ごしていくために、終活について勧めることも可能でしょう。自分らしく生きるために、死から目を背けるのではなく、向き合うことで上手に限りある時間を過ごしていくためにも、有意義な時間の使い方に重要性を見出してはいかがでしょうか。

 

 

 

エンディングノート

規格式のノートではありませんが、最近ではコマーシャルでも言葉が使われるほどメジャーになりつつあります。遺言書とは違い自由な形式で、書かなければいけないことではないですが、職務経歴書をイメージするとなんだか分かりやすいかもしれません。そのエンディングノートに書く情報量も人によって異なるでしょうが、記載する目的は唯一同じかと思います。自身の死後や残された家族のかかる負担をへらすこと、です。ただし遺言書ともちろん違い、法的な効力は有りません。ですから自分のプロフィール、気がかりな葬儀のことなどを項目ごとに分かりやすく書けますし、読む側も読みやすいといえます。

 

 

 

最後に伝えたいこと

終わりという字は決して死ぬことに焦点をあてていることではありません、むしろ生きることに終活は意味があるものです。家族の死に直面して思うことは、残された家族に対しての大切なことなんだという意識でした。エンディングノートを書く、そして遺言書を書く、お墓を決める。その流れもまた後悔しないための必要なことかもしれません。誰もが、どのような状況下でも自分らしい最期を迎えたいはず。有意義にこれからを過ごすためにも、気持ちの整理をつけるエピソードになれば、とてもうれしいです。

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